日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

肥満患者における用量調整  (2024/09/03 更新)


はじめに

  • 肥満患者の数は増大している.肥満患者では,一部の薬剤は標準的投与量では有効な血清中濃度に達しない可能性があることは,だれでも想定できる.現在,肥満患者に対する抗微生物薬の投与量についてデータが徐々に集まりつつある.一部のデータはさらなる検証が必要であるが,以下の表は現在の知見を反映したものである.
  • 肥満とは,理想体重を20%以上上回ること,またはBMI(body mass index)>30と定義される.
  • 理想体重(IBW)(kg)の計算:
  • 男性:50kg+[身長60インチ(150cm)以上なら,それを1インチ(2.5cm)超すごとに2.3kg加算]
  • 女性:45kg+[身長60インチ(150cm)以上なら,それを1インチ(2.5cm)超すごとに2.3kg加算]
  • BMIの計算:
  • 体重(kg)/(身長(m))2
  • 肥満患者における抗菌薬の薬物動態に検討は進みつつあるが,評価された薬剤は一部のみである.用量調整に関して合理的なデータが得られている薬剤を表にまとめた.

用量調整不要

肥満患者への投与

  • 各薬剤についての詳細は薬剤名をクリック.
  • 用量の欄では,肥満患者での用量計算のために推奨される体重(実際,理想,補正体重),または,特定の用量が指定できる場合にはそれを掲げた.
薬剤
推奨
コメント
アシクロビル
補正体重を用いる
7人の肥満ボランティアによる早期の未発表データ
(Davis, et al, ICAAC abstract, 1991)では理想体重が推奨されていたが,最新のより信頼できるPKデータでは,補正体重のほうが非肥満者により近い薬剤曝露が得られることが示された(Antimicrob Agents Chemother 60: 1830, 2016).
アミノグリコシド系
補正体重を用いる
補正体重=理想体重+0.4(実際の体重-理想体重)
文献:Pharmacotherapy 27: 1081, 2007
血行動態が安定すれば,用量減量のために血中濃度をモニターする.
アムホテリシンB
(リポソーマル)
補正体重を用いるが,重篤な患者では,実際の体重も考慮する
238例の患者の臨床転帰を評価したレトロスペクティブ解析に基づく推奨(Antimicrob Agents Chemother 65: e0236620, 2021).小規模なPK研究からの早期データでは,100kg以上の患者では固定用量(たとえば5mg/kgの目標用量に対して500mg)を用いることが支持されており,同様に,全肥満患者に対して実際の体重を用いるのは最善の方法ではないことが示唆されている(Clin Infect Dis 70: 2213, 2020).
Anidulafungin
確実な推奨のためにはデータが不十分
蓄積されたデータからは,肥満患者でのエキノキャンディン濃度低下が示唆されているが,理想的用量調整方法に関するエビデンスは乏しい(Am J Health Syst Pharm 80: 503, 2023).PKモデルのデータから,体重>140kgの患者では初回用量および維持用量を25%増量することにより,非肥満患者が通常用量を投与された場合と同等の薬剤曝露が確保されることが示唆された(Antimicrob Agents Chemother 62: e00063, 2018).後ろ向きコホート研究(n=173)では,標準的用量の治療をうけた患者でBMI区分による効果の差はみられなかった(J Pharm Pract 35: 20, 2022
アルテメテル・ルメファントリン
おそらく用量調整不要
健康なボランティア(正常体重6例,体重超過7例[平均BMI 28.2],肥満3例[平均BMI 33.9])を対象としたPK研究のデータ.BMI>35は1例のみ.対象が少数のため確定することは難しい(Int J Antimidrob Agents 59: 106482, 2022).
カスポファンギン
確実な推奨のためにはデータが不十分
蓄積されたデータからは,肥満患者でのエキノキャンディン濃度低下が示唆されているが,理想的用量調整方法に関するエビデンスは乏しい(Am J Health Syst Pharm 80: 503, 2023).体重別用量(初回2mg/kg,その後1.25mg/kg24時間ごと)が推奨されている(Antimicrob Agents Chemother 64: e00905, 2020).
セファゾリン
(外科的予防)
確実な推奨にはデータが不十分
ASHP/IDSA/SIS/SHEAの合同推奨では,体重120kg以上の患者には3g1回,120kg未満の患者には2g1回(Am J Health Syst Pharm 70: 195, 2013).しかし,最近のシステマティックレビューでは,結果研究3件中3件,PK研究15件中9件が,体重≧120kgの患者での3g用量は不必要としている(Obes Surg 32: 3138, 2022
セファゾリン
(活動性感染の治療)
確実な推奨にはデータが不十分
肥満でPKは大幅に変化する.高用量を考慮し,および/または体重120kg以上の患者の感受性の低いグラム陰性菌感染,重症例,免疫不全では持続注入を考慮する(Int J Antimicrob Agents 61: 106751, 2023).
セフェピム
わずかに増量:2g静注8時間ごと(通常の12時間ごとではない)
肥満手術を受ける10例の患者からのデータ(平均BMI 48):処方ではMIC 8μg/mLとしたときの60%で遊離濃度>MICとなった.文献:Obes Surg 22: 465, 2012
Cefotetan
おそらく用量調整不要
小規模後ろ向き研究では,体重120kg以上,BMI中央値42kg/m2の患者において,予防用量2gと3gでは手術部位感染症の発症率に差はみられなかった(Surg Infect (Larchmt) 19: 504, 2018).
Cefoxitin
(外科的予防)
より高用量が必要となる可能性があるが,確実な推奨を行うだけの十分なデータはない
肥満患者に対する周術期の40mg/kg単回投与(実際の体重に基づく:範囲4~7.5g)では,血清中,組織中濃度のいずれも薬力学的に十分な値に到達しなかった,ただし,シミュレートした2g用量よりは良かった.文献:Antimicrob Agents Chemother 60: 5885, 2016.手術前の200例(平均BMI 45.8kg/m2)に対し4g 1回を投与した結果では,一般的な病原体に対する事前に規定されたPK/PD目標値は達成されなかった(Antimicrob Agents Chemother 63: e01613, 2019).
Ceftaroline
おそらく用量調整不要
薬物動態シミュレーションによる.MRSAに対して50%>MICを標的とするなら8時間ごと投与を考慮する(Pharmacotherapy 43: 226, 2023).
セフトリアキソン
より高用量が必要となる可能性があるが,確実な推奨を行うだけの十分なデータはない
後ろ向きコホート研究では,標準用量での治療を受けた肥満患者で臨床的失敗がより多いことが示唆された.適切な推奨にはより質の高いデータが必要である(Diseases 8: 27, 2020
シプロフロキサシン
おそらく用量調整不要
前向き臨床研究(対象20例,BMI中央値45kg/m2)では,肥満はCPFXの血漿PKに影響を与えなかった.標的組織への移行性が肥満患者で障害されていることが明らかな場合(たとえば皮膚・軟部組織感染)は,用量増加が必要となることがある(Clin Pharmacokinet 61: 1167, 2022
クリンダマイシン
実際の体重を考慮
小児を対象とした3件の前向き研究からのデータを結合したPKモデルでは,実際の体重が最適とされている.ただし,臨床アウトカムのデータはない.文献:Antimicrob Agents Chemother 61: e02014, 2017
コリスチン
理想体重を用いる
腎毒性リスクを制限するためにコリスチン塩基活性を最大360mg/日とする.肥満患者でのデータは限られており,解釈が難しい(Pharmacotherapy 43: 226, 2023).
Dalbavancin
おそらく用量調整不要
文献:Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024.
ダプトマイシン
補正体重が推奨される
後ろ向き研究のデータからは,実際の体重と補正体重でアウトカムは同一であることが示唆された(Ther Adv Infect Dis 6: 1, 2019).他のデータでは,理想体重と実際の体重を用いた場合とでアウトカムには差がないことが示唆されている(Antimicrob Agents Chemother 58: 88, 2014).最近のPK研究に基づいて,病的肥満患者に対し,体重に基づかない固定用量が推奨されることもある(Pharmacotherapy 38: 981, 2018).
Delafloxacin
おそらく用量調整不要
データは皮膚感染症に限られる(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024).
Eravacycline
おそらく用量調整不要
標準用量は実際の体重を用いる.2つのRCTの事後解析では,BMI≧30kg/m2の患者での安全性と有効性が示された(Open Forum Infect Dis 7: ofaa548, 2020).
Ertapenem
おそらく増量が必要
薬物動態データからは,特に極端な肥満や病原体のMICが高い場合,若干の増量が適切である可能性が示唆されている(Antimicrob Agents Chemother 62: e00784, 2018Eur J Clin Pharmacol 75: 511, 2019Minerva Anestesiol 80: 1005, 2014Antimicrob Agents Chemother 50: 1222, 2006).症例報告では,250kgの肺炎患者で感受性のある細菌に対し,1.5g24時間ごとで十分な薬剤曝露が得られた(Case Rep Crit Care 2017: 5310768, 2017).
エタンブトール
除脂肪体重を用いる
ATS/CDC/IDSA推奨(Clin Infect Dis 63: e147, 2016).
フルコナゾール
確実な推奨を行うだけの十分なデータはない
重症の肥満患者ではより高用量が必要とされることが症例報告から示唆されている.最近の研究では,体重に基づく用量(初回12mg/kg,その後6mg/kg/日,総体重使用)で望ましいPK/PD目標に到達し,固定用量よりも信頼性が高いことが示唆された.ただし臨床的な検証が必要(Pharmacotherapy 17: 1023, 1997Antimicrob Agents Chemother 60: 6550, 2016
フルシトシン
理想体重を用いる
クリプトコッカス症の肥満患者1例でのデータ.文献: Pharmacotherapy 15: 251, 1995
ホスホマイシン(静注)
確実な推奨を行うだけの十分なデータはない
限られデータだが,肥満患者での曝露低下が示唆される.MIC≦16μg/mLの場合,CrCl≦130mL/分ならば,肥満状態や採用されたPK/PD指標にかかわらず,8g静注8時間ごとで十分であるようだ(Antimicrob Agents Chemother 66: e0230221, 2022).
ガンシクロビル
実際の体重と補正体重のどちらを用いても結果は同じ
単独施設での後ろ向きコホート研究では,安全性または有効性に差はなかった.特異的な患者サブグループに焦点をしぼった大規模な前向き研究が必要である(Transplant Infect Dis 25: e14134, 2023).
イサブコナゾール
用量調整は不要だろう
肥満患者(BMI>30kg/m2)でも非肥満患者でもAUCは同等.アブストラクトで発表されたデータ.文献:Open Forum Infect Dis: 3:Suppl 1, 2016
レボフロキサシン
用量調整は不要だろう
13例の肥満患者からのデータ:研究結果はさまざまで結論は定まっていない.文献:Antimicrob Agents Chemother 55: 3240, 2011J Antimicrob Chemother 66: 1653, 2011. BMI≧40kg/m2の患者を対象としたPK研究(臨床での確認が必要)では,十分な薬剤曝露を達成するためにより高用量の投与が必要であることが示唆されている(Clin Phamacokinet 53: 753, 2014).
リネゾリド
最新のデータでは,標準用量では不十分なことが示唆される
15例のMRSA肺炎(MIC 1~4μg/mL)の肥満患者を対象としたPK/PDモデル研究では,65歳未満において標準用量では目標値に到達しにくいことが示された(J Antimicrob Chemother 74: 667, 2019).標準用量では十分な血中濃度が得られないことは,腹腔内手術患者(J Clin Med 9: 1067, 2020)および重症皮膚・軟部組織感染症患者(Antimicrob Agents Chemother 65: e01619, 2021)におけるPKモデル研究でも示唆されている.
メトロニダゾール
用量調整は不要だろう
肥満患者での高用量使用を支持する十分なエビデンスはない(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024).体重別用量では実際の体重を用い,最大4g/日
ミカファンギン
確実な推奨のためにはデータが不十分
蓄積されたデータからは,肥満患者でのエキノキャンディン濃度低下が示唆されているが,理想的用量調整方法に関するエビデンスは乏しい(Am J Health Syst Pharm 80: 503, 2023).PK/PD研究では,C. albicansに対し,体重≦115kgでは150mg24時間ごと,>115kgでは200mg24時間ごとで十分.C. glabrataに対し,≦115kgでは200mg24時間ごとが適切(Crit Care 22: 94, 2018).より最近のPK/PD研究によれば,体重>125kgの患者では,Candida属でMIC=0.016μg/mLなら200mg24時間ごと,MIC=0.032μg/mLなら300mg24時間ごとが推奨される.維持用量2回分を初回投与することも示唆されている(J Antimicrob Chemother 74: 978, 2019).
モキシフロキサシン
用量調整は不要だろう
限られた薬物動態データに基づく(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024
Omadacycline
用量調整は不要だろう
臨床試験データの2つの事後解析に基づく(Pharmacotherapy 43: 226, 2023).
Oritavancin
推奨のためにはデータが不十分
データなし(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024
オセルタミビル
用量調整は不要だろう
10人の肥満ボランティアからのデータで,>250kgでも適用可能かは不明(150mg経口12時間ごと投与は可能).文献:J Antimicrob Chemother 66: 2083, 2011.最近のデータは一貫している: Antimicrob Agents Chemother 58: 1615, 2014
PIPC/TAZ
4.5g静注(4時間以上かけて)6~8時間ごと
肥満患者に対して推奨された用量は,特に重篤患者,MIC≧8μg/mL,またはCrCl>100mL/分の場合に適応となる(Pharmacotherpy 43: 226, 2023).
ポリミキシンB
補正体重を用いる
1日最大用量200~249mgは腎毒性のリスクを制限するためのもの(臨床的に確証されてはいない)なので,MIC>0.5μg/mLの場合には不十分かもしれない(Pharmocotherapy 43: 226, 2023).
ポサコナゾール(静注)
>140kgの患者では治療用量(予防ではない)の増量を考慮する.
PK研究によれば,総体重が薬物クリアランス,分布容積をもっともよく予測した.十分な曝露を得るために,体重>140kgの患者では治療用量を400mg静注24時間ごとに増量することがモデルから示唆されている.予防については,190kgまでの患者では300mg静注24時間ごとで十分な曝露が得られる.文献:J Antimicrob Chemother 75: 1006, 2020
ピラジナミド
除脂肪体重を用いる
ATS/CDC/IDSA推奨(Clin Infect Dis 63: e147, 2016).
Rezafungin
確実な推奨のためにはデータが不十分
蓄積されたデータからは,肥満患者でのエキノキャンディン濃度低下が示唆されているが,理想的用量調整方法に関するエビデンスは乏しい(Am J Health Syst Pharm 80: 503, 2023).第II相研究データのサブアナリシスでは,肥満患者での用量調整は不要であることが示唆されている(Open Forum Infect Dis 7: S378, 2020).
Tecovirmat
600mg経口8時間ごと・14日
300mg静注12時間ごと・14日
製薬会社の処方情報では,体重≧120kgの小児および成人患者に推奨されている.6時間以上かけて静注する.
テジゾリド
用量調整は不要だろう
限られたデータに基づく(Pharmacotherapy 43: 226, 2023).
テイコプラニン
実際の体重を用いる
文献:Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024
Telavancin
おそらく,ほとんどの患者では固定用量750mg静注24時間ごとが適切
データによれば,この用量で有効性の目標は達成され腎毒性リスクは最小になる.より高量の全身投与が望ましければ,補正体重に基づき10mg/kg24時間ごと(ただし,1000mg24時間ごとを超えない)を考慮(Pharmacotherapy 43: 226, 2023).
チゲサイクリン
用量調整は不要だろう
肥満患者には標準用量が推奨される.しかし,耐性グラム陰性細菌に対しては,患者の体重にかかわらず高用量(200mg,その後100mg静注12時間ごと)を考慮する(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024).
スルファメトキサゾール・トリメトプリム
補正体重を用いる
非常に限られたエビデンスに基づく(Antimicrob Agents Chemother 68: e0171923. 2024).補正体重=理想体重+0.4×(実際の体重-理想体重)
バンコマイシン
実際の体重を用いる
バンコマイシンの分布容積は実際の体重に従って増加するが,予想可能な比例関係にはない.現在のガイドラインでは,初回用量は3g,個々の維持用量は2gを上限とすることが示唆されている.1日維持用量として4.5g以上が必要になることはまれである.早期かつ頻回なAUC24モニタリングが推奨される(Am J Health Syst Pharm 77: 835, 2020).BMI>30の患者ではAUC24モニターで(トラフ値モニターと比較して)急性腎障害リスクが低下(Antimicrob Agents Chemother 66: e0088621, 2022).依然として議論がある:最近の総説では実際の体重に基づく初回用量と補正体重に基づく維持用量が示唆されている(Expert Opin Drug Metab Toxicol 18: 323, 2022
ボリコナゾール
理想体重を用いる
実際の体重を用いた用量では濃度が治療域を超えるが,発表されたデータでは,理想体重ではなく補正体重を推奨するには不十分である.
現在のところ最善の方法は,理想体重を用い,血清濃度をチェックして投与量が不十分にならないようにすることである.文献: Antimicrob Agents Chemother 55: 2601, 2011; Clin Infect Dis 53: 745, 2011; Clin Infect Dis 63: 286, 2016; Antimicrob Agents Chemother 65: e0246020, 2021).


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2024/09/02