日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

虫垂炎  (2025/02/04 更新)


臨床状況

  • 右下腹部痛として発症する虫垂の急性炎症
  • 局所痛から下腹全体の痛みまで重症度はさまざまで,虫垂穿孔が起こると腹膜炎による反跳痛を伴う.
  • 腹膜炎は菌血症および菌血症性ショックを合併することがある.
  • 実質的にすべての患者で外科へのコンサルテーションが適応となる.
  • 抗菌薬選択および虫垂切除の適応の有無に関して,考慮すべき事項と関連因子
  • 抗菌薬
  • 好気性,通性嫌気性,嫌気性グラム陰性桿菌いずれにも活性が予想される処方が望ましい.
  • 虫垂切除術を行うべきか?
  • 以下の場合は,抗菌薬のみの治療を考慮できる:
  • ・腹膜炎の症状がないことから,虫垂穿孔がないと判断できる
  • ・腹部CTで壁外遊離ガス,膿瘍,糞石が認められない
  • ・血清プロカルシトニンは通常≦0.25ng/mL
  • ・5年以内の虫垂炎再発リスクは39%であることを患者が理解している
  • ・さらなる詳細あるいは研究デザインについては,下記コメントを参照.
  • 抗菌薬単独10日治療と,抗菌薬+虫垂切除術を比較したランダム化試験において,以下が確認された:
  • 30日のQOLスケールでは,抗菌薬単独は虫垂切除術に対して非劣性であった.
  • 抗菌薬単独群では29%が90日までに虫垂切除術を受けたが,うち41%は虫垂結石を伴っていた.

病原体

  • 発症数時間後の感染菌としてもっとも多いのは,好気性グラム陰性桿菌(E. coliなど)と嫌気性グラム陰性桿菌(B. fragilisなど)の混合
  • Actinomycesはまれに瘻孔形成を伴う遷延性感染を引き起こす.
  • 糞便中細菌による腹腔汚染でのCandida属の役割は明らかでない.プロスペクティブなプラセボ対照多施設試験では,腹腔内感染症に対する消化管手術後に,侵襲性カンジダ症予防のために先制的な(pre-emptive)抗真菌治療を行うことの有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).

第一選択

  • 虫垂切除術を行う場合:抗菌薬治療は経験的あるいは予防的なものと考えられる.手術時に穿孔がみられなければ,抗菌薬投与は予防的.手術時に明らかな穿孔あるいは糞石を認めた場合は,手術前の抗菌薬投与は最初の経験的治療となる.
  • 成人:CTRX 2g静注24時間ごと+MNZ 500mg静注8時間ごと
  • 小児:CTRX 75mg/kg静注24時間ごと(最大1日2g)+MNZ 10mg/kg静注8時間ごと(最大500mg,1日最大1500mg)
  • この方法によりほとんどの患者が,23.5±20時間(平均±SD)以内に抗菌薬治療なしで退院できた(J Pediatr Surg 50: 1566, 2015).
  • さらに合理的な可能性:CTRX 1回50mg/kg24時間ごと(最大1日2g)+MNZ 1回30mg/kg24時間ごと(体重80kg以上なら最大1回1500mg,80kg未満なら最大1回1000mg).費用対効果が高い(J Ped Infect Dis 6: 57, 2017).
  • 虫垂切除術をせず抗菌薬治療のみを行う場合:CTスキャンで虫垂糞石,穿孔あるいは膿瘍が認められない場合.推奨される治療:
  • 小児:Ertapenem 15mg/kg静注1日2回(最大1日1g)
  • 虫垂穿孔があり,腹膜炎および/または敗血症性ショックのエビデンスがある場合:
  • 外科へのコンサルテーションおよび虫垂切除術+抗菌薬治療が合理的
  • 成人での経験的治療の選択肢:
  • MEPM 1g静注8時間ごと
  • IPM/CS 500mg~1g静注6時間ごと
  • DRPM 500mg1時間以上かけて静注8時間ごと
  • PIPC/TAZ 4.5g静注(4時間以上かけて)8時間ごと(初期用量については薬剤ページのコメント参照)
  • CPFX 400mg静注12時間ごと+MNZ 500mg静注8時間ごと
  • 治療期間
  • 体温,白血球数,消化管機能が正常化するまで治療を続ける
  • 血清プロカルシトニン濃度を2~4日ごとに測定してもよい.血清濃度が<0.25ng/mLになるか,または最高濃度から80%低下した場合には抗菌薬を中止する.

第二選択

  • 手術時に虫垂穿孔がなかった場合:できるかぎり狭域スペクトラムの抗菌薬が望まれる(Pediatrics 138: e20154547, 2016
  • CPFX 400mg静注12時間ごと,またはLVFX 750mg静注24時間ごと)+MNZ 1g静注12時間ごと
  • MFLX 400mg静注24時間ごと
  • 通常,治療は24時間で十分
  • 虫垂穿孔があり,腹膜炎および/または敗血症性ショックのエビデンスがある場合:
  • CTLZ/TAZ 3.0g3時間以上かけて静注,その後8時間ごと+MNZ 500mg30分かけて静注8時間ごと.
  • CAZ/Avibactam 2.5g2時間以上かけて静注,その後8時間ごと+MNZ 500mg60分かけて静注8時間ごと.
  • ABPC 2g静注6時間ごと+MNZ 1g静注12時間ごと+アミノグリコシド(GMまたはTOB).アミノグリコシドの毒性のため,この処方はほとんど用いられなくなっている
  • AZT 1g静注8時間ごとまたは2g静注6時間ごと+MNZ 1g静注12時間ごと
  • 治療期間については第一選択参照

抗微生物薬適正使用

消化管常在菌叢による腹膜炎/虫垂炎に対する経験的治療の一般原則
  • 好気性グラム陰性桿菌および嫌気性グラム陰性桿菌の両方に対する活性が予想できる薬剤を含む処方が望まれる.
  • 好気性グラム陰性桿菌のみに活性がある薬剤:アミノグリコシド系,第2,3,4世代セファロスポリン系注射剤およびAZT,抗緑膿菌作用をもつペニシリン系,CPFXおよびLVFX
  • MNZ
  • CTLZ/TAZおよびCAZ/Avibactamはある程度の活性はあるが,嫌気性菌に対する活性は不十分なためMNZと併用すること
  • 耐性増加のため現在では嫌気性グラム陰性桿菌に対して推奨されない薬剤
  • 好気性グラム陰性桿菌および嫌気性グラム陰性桿菌の両方に活性のある薬剤
  • PIPC/TAZ
  • ABPC/SBTは,E.coliおよび他の腸内細菌科の耐性が増大しているため,現在では経験的治療としては推奨されない(Clin Infect Dis 50: 133, 2010).
  • カルバペネム(MEPM,IPM/CS,DRPM)
  • MFLX:重症例での経験が乏しい.虫垂破裂のない虫垂炎に対してなら使用できると考えられる.
  • Eravacycline:FDAに承認されて間もないため臨床経験は乏しい
不確実な点:
  • MRSAに対する経験的治療は必要か?必要性は不明.
  • Enterococcus属に対する経験的治療は必要か?通常は必要ない.心臓弁膜症のため心内膜炎のリスクが高い患者では例外の可能性もある
  • Candida属に対する経験的治療は必要か?プロスペクティブなランダム化プラセボ対照試験では,先制的なエキノキャンディン治療を行う有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).
  • いつCandida属に対する特異的治療を行うか?
  • 腹腔または血液からCandida属が純粋培養された場合
  • 抗菌薬治療に反応がない患者で,血清β-D-グルカンなどの真菌バイオマーカーが陽性の場合
  • 急性の壊死性膵炎がある場合

コメント

  • 手術をしない虫垂炎治療に関する臨床試験
  • CTで虫垂炎と確定診断された530例が,抗菌薬単独治療群と抗菌薬+手術群にランダム化された.虫垂穿孔,糞石あるいは膿瘍のある患者は除外された.
  • 全例にErtapenemが投与された
  • 手術+抗菌薬群の成功率は99.6%だった.抗菌薬単独治療群の成功率は72.7%であり,虫垂切除術を行わなかった患者では,虫垂炎の最初の発症から5年以内の再発率は39%だった
  • 成人患者における手術なしの抗菌薬治療に関するランダム化試験.すべての経口治療が,静注治療→経口治療と同等に有効であるかが検討された.
  • MFLX 400mg経口1日1回・7日 vs [Ertapenem 1g静注1日1回・2日,その後LVFX 500mg経口1日1回+MNZ 500mg経口1日3回]
  • 結果:
  • 手術の必要なく退院し,1年以内の虫垂炎再発がなかった患者は,経口治療のみの群では70.2%,静注治療→経口治療群では73.8%だった.
  • しかし,この差は非劣性の境界6%を超えていた(p=0.26).
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2025/02/03