日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

虫垂炎  (2026/09/15 更新)


臨床状況

  • 右下腹部痛として発症する虫垂の急性炎症
  • 局所痛から下腹全体の痛みまで重症度はさまざまで,虫垂穿孔が起こると腹膜炎による反跳痛を伴う.
  • 腹膜炎は菌血症および菌血症性ショックを合併することがある.
  • 実質的にすべての患者で外科へのコンサルテーションが適応となる.
  • 抗菌薬選択および虫垂切除の適応の有無に関して,考慮すべき事項と関連因子
  • 抗菌薬
  • 好気性,通性,嫌気性グラム陰性桿菌いずれにも活性が予想される処方が望ましい.
  • 虫垂切除術
  • 以下の場合は,抗菌薬のみの治療を考慮できる:
  • ・腹膜炎の症状がないことから,虫垂穿孔がないと判断できる
  • ・腹部CTで壁外遊離ガス,膿瘍,糞石が認められない
  • ・5年以内の虫垂炎再発リスクは約40%であることを患者が理解している
  • 抗菌薬単独10日治療と,抗菌薬+虫垂切除術を比較したランダム化試験において,以下が確認された:
  • 30日のQOLスケールでは,抗菌薬単独は虫垂切除術に対して非劣性であった.抗菌薬単独群では29%が90日までに虫垂切除術を受けたが,うち41%は虫垂結石を伴っていた.

病原体

  • 発症数時間後の感染菌としてもっとも多いのは,好気性グラム陰性桿菌(E. coliなど)と嫌気性グラム陰性桿菌(B. fragilisなど)の混合
  • Actinomycesはまれに瘻孔形成を伴う遷延性感染を引き起こす.
  • 糞便中細菌による腹膜汚染での腸管Candida属の役割は明らかでない.プロスペクティブなプラセボ対照ランダム化比較試験では,先制的な(pre-emptive)抗真菌治療を行うことの有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).

第一選択

  • 虫垂切除術を行う場合:抗菌薬治療は経験的あるいは予防的なものと考えられる.手術時に穿孔がみられなければ,抗菌薬投与は予防的.手術時に明らかな穿孔あるいは糞石を認めた場合は,手術前の抗菌薬投与は最初の経験的治療となる.
  • 成人:CTRX 2g静注24時間ごと+MNZ 500mg静注8時間ごと
  • 小児:CTRX 75mg/kg静注24時間ごと(最大1日2g)+MNZ 10mg/kg静注8時間ごと(最大500mg,1日最大1500mg)
  • この方法によりほとんどの患者が,23.5±20時間(平均±SD)以内に抗菌薬治療なしで退院できた(J Pediatr Surg 50: 1566, 2015).
  • さらに合理的な可能性:CTRX 1回50mg/kg24時間ごと(最大1日2g)+MNZ 1回30mg/kg24時間ごと(体重80kg以上なら最大1回1500mg,80kg未満なら最大1回1000mg).費用対効果が高い(J Pediatric Infect Dis Soc 6: 57, 2017).
  • 虫垂切除術をせず抗菌薬治療のみを行う場合:CTスキャンで虫垂糞石,穿孔あるいは膿瘍が認められない場合.推奨される治療:
  • 成人 1g静注24時間ごと
  • 小児 15mg/kg静注1日2回(最大1日1g)
  • Ertapnem2~3日後の経口ステップダウン処方
  • 成人:LVFX 500mg経口24時間ごと+MNZ 500mg経口1日3回
  • LVFXに替えてCFDN 300mg経口1日2回も選択肢となる
  • 小児:[CPFX 30mg/kg/日2回に分割(最大1回750mg)またはCFDN 14mg/kg/日2回に分割(最大1回300mg)+MNZ 30mg/kg/日3回に分割(最大1回500mg)](JAMA 324: 581, 2020).
  • AMPC/CVA 45mg/kg/日2回に分割(最大1回875mg)も選択肢となる(JAMA 324: 581, 2020).
  • 虫垂穿孔があり,腹膜炎および/または敗血症性ショックのエビデンスがある場合:外科的手術が推奨される.
  • 外科へのコンサルテーションおよび虫垂切除術+抗菌薬治療
  • 成人での経験的治療の選択肢:
  • MEPM 1~2g静注8時間ごと
  • IPM/CS 500mg~1g静注6時間ごと
  • PIPC/TAZ 4.5g静注(4時間以上かけて)8時間ごと(初期用量については薬剤ページのコメント参照)
  • 重症ペニシリンアレルギー:CPFX 400mg静注12時間ごと+MNZ 500mg静注8時間ごと

第二選択

  • 虫垂穿孔があり,腹膜炎および/または敗血症性ショックのエビデンスのある複雑性感染の場合,より積極的な治療:
  • CTLZ/TAZ 3.0g3時間以上かけて静注,その後8時間ごとに繰り返す+MNZ 500mg30分かけて静注8時間ごと.
  • ABPC 2g静注6時間ごと+MNZ 1g静注12時間ごと+アミノグリコシド(GMまたはTOB).
  • アミノグリコシドの毒性のため,この処方はほとんど用いられなくなっている.
  • AZT 1g静注8時間ごとまたは2g静注6時間ごと+MNZ 1g静注12時間ごと
  • Eravacycline 1mg/kg60分以上かけて静注12時間ごと・4~14日.

治療期間

  • 治療期間は,重症度,手術をするか・しないか,感染源制御に基づく
  • 単純性感染
  • 非外科的治療:7~10日治療,通常は注射抗菌薬(たとえば,Ertapenem,CTRX+MNZ)で2~3日,その後経口治療(たとえば,LVFX+MNZ)を5~7日
  • 虫垂切除術後:術後の抗菌薬は推奨されない.
  • 複雑性感染(虫垂破裂,膿瘍,壊疽)
  • 虫垂切除術後,感染源が制御されている場合:感染源が制御されたなら,4日治療.
  • 十分な感染源制御がなされていない場合:臨床反応および臨床検査および画像検査での病像の解消に応じて,より長期の治療が必要

抗微生物薬適正使用

消化管常在菌叢による腹膜炎/虫垂炎に対する経験的治療の一般原則
  • 好気性グラム陰性桿菌および嫌気性グラム陰性桿菌の両方に対する活性が予想できる薬剤を含む処方が望まれる.
  • 好気性グラム陰性桿菌のみに活性がある薬剤:アミノグリコシド系,第2,3,4世代セファロスポリン系注射剤およびAZT,抗緑膿菌作用をもつペニシリン系,CPFXおよびLVFX
  • MNZ
  • 耐性増加のため現在では嫌気性グラム陰性桿菌に対して推奨されない薬剤
  • 好気性グラム陰性桿菌および嫌気性グラム陰性桿菌の両方に活性のある薬剤
  • PIPC/TAZ
  • カルバペネム(MEPM,IPM/CS,DRPM)
  • MFLX:重症例での経験が乏しい.虫垂破裂のない虫垂炎に対してなら使用できると考えられる.
  • Eravacycline:FDAに承認されて間もないため臨床経験は乏しい
  • ABPC/SBTは,E.coliおよび他の腸内細菌科の耐性が増大しているため,現在では経験的治療としては推奨されない(Clin Infect Dis 50: 133, 2010).
不確実である可能性がある点
  • MRSAに対する経験的治療の,明確な必要性はない.
  • Enterococcus属に対して活性のある薬剤での経験的カバーは,通常は必要ない.心臓弁膜症のため心内膜炎のリスクが高い患者では例外の可能性もある.
  • Candida属に対する経験的カバーは必要ないか? プロスペクティブなランダム化プラセボ対照試験では,先制的なエキノキャンディン治療を行う有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).
  • いつCandida属に対する特異的治療を行うか?
  • 腹腔または血液からCandida属が純粋培養された場合
  • 抗菌薬治療に反応がない患者で,血清β-D-グルカンなどの真菌バイオマーカーが陽性の場合
  • 急性の壊死性膵炎がある場合

コメント

  • Ertapenemは,2件のランダム化対照比較試験で,単純性虫垂炎の非外科的治療に関して研究されてきた.
  • APPAC試験(JAMA 313: 2340, 2015)では,273例が手術群に無作為に割り付けられ(99.6%が手術を完遂),257例が非手術的治療群(Ertapenem 1g静注1日1回・3日,その後LVFX 500mg1日1回+MNZ 500mg1日3回・7日処方)に割り付けられた.1年後の追跡調査では,抗菌薬のみの群の70例(27.3%,95%信頼区間:22.0%~33.2%)が虫垂切除術を受けていた。10年後の追跡調査(JAMA 335: 1041, 2026)において,抗菌薬のみの群における真の累積虫垂炎発症率は37.8%,虫垂切除率は44.3%であり,手術群と比較して抗菌薬群の累積発症率は有意に低かった(8.5%対27.4%)
  • APPAC II試験(JAMA 325: 353, 2021)では,Ertapenem1g静注1日1回・2日,その後LVFX(500mg1日1回)+MNZ(500mg1日3回)経口・5日(対象288例)と,MFLX(400mg)経口・7日(対象295例)が比較された.1年後の追跡調査における治療成功率は,MFLX群で70.2%,Ertapenem群で73.8%であった.MFLX群は非劣性基準を満たさなかった.3年後の追跡調査(JAMA Surg 159: 727, 2024)では治療成功率は63.4%対65.2%であり,MFLX群はここでも非劣性基準を満たさなかった.
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