日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

腹膜炎:破裂,穿孔,膿瘍  (2021/4/27 更新)
続発性腹膜炎


臨床状況

  • 腸穿孔,虫垂破裂,憩室破裂,腸管虚血,外科吻合部からの漏出,腹腔内膿瘍その他が原因で起こる腸内細菌による腹腔の汚染.
  • 軽度/中等度の腹膜炎:
  • 入院して注射治療
  • たとえば,限局性傍虫垂性腹膜炎,憩室周囲膿瘍
  • 重症の腹膜炎,しばしば敗血症性ショックを伴う:
  • 生命の危険のある感染症,ICU患者
  • 腹腔内でのさまざまな変化(たとえば,虫垂破裂,壊死性腸炎を伴う血流不全,不用意な腸切開)により腸内容の腹膜への漏出が起こった結果発症する.
  • 外科へのコンサルテーションは実質的にすべての患者で行う.感染巣のコントロールが必要.処方の背景となる根拠についてはコメントを参照.一般的ガイドラインの文献:IDSA治療ガイドライン:Clin Infect Dis 50: 133, 2010;中国外科的感染症学会,Clin Infect Dis 71: S337, 2020

病原体

  • 嫌気性菌
  • Bacteroides 属(嫌気性グラム陰性桿菌)および他の嫌気性細菌
  • 高い死亡率と関連
  • PIPC/TAZにin vitroで耐性,MNZおよびカルバペネム系薬には感受性
  • 通常,感染から数時間後の主要な細菌は,好気性グラム陰性桿菌(たとえば E. coli)と嫌気性グラム陰性桿菌(たとえば B. fragilis)の混合である.
  • Actinomycesが瘻孔形成を伴う遷延性感染の原因となることはまれである.
  • 糞便中細菌による腹腔汚染におけるCandida属の役割は明らかでない.プロスペクティブなランダム化プラセボ対照多施設試験では,腹腔内感染症に対する消化管手術後に,侵襲性カンジダ症予防のために先制的な(pre-emptive)抗真菌治療を行うことの有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).

第一選択

軽症/中等症腹膜炎,入院患者で注射治療が必要
  • PIPC/TAZ 初回4.5g30分以上かけて静注,その4時間後に3.375g4時間以上かけて静注を開始し,8時間ごとに繰り返す(コメント参照)
  • MFLX 400mg静注†24時間ごと
重症(びまん性腹膜炎または敗血症性ショック):ICU入院患者,注射治療が必要
  • MEPM 1g静注8時間ごと,またはIPM/CS 500mg~1g静注6時間ごと,またはDRPM 500mg静注8時間ごと(1時間かけて静注)
治療期間はさまざまで,臨床試験データ,特に重症例でのデータは限られる:
  • 軽症/中等症の腹膜炎:臨床試験では,4日の治療 vs バイタルサインおよび消化管連続性が回復するまでの治療(平均8日)とで,臨床的成果は同等であることが示された.ただし,対象はすべて感染巣のコントロールが行われていた患者であった(N Engl J Med 372: 1996, 2015N Engl J Med 372: 2062, 2015).
  • 重症の腹膜炎:感染巣のコントロール,発熱,白血球増加,イレウスの解消が必要.血清プロカルシトニン濃度が<0.25mg/mLとなるか,最高値から90%低下するまで抗菌薬治療を継続する施設もある.

(†:日本にない剤形)

第二選択

軽症/中等症
  • CPFX 400mg静注12時間ごとまたはLVFX 750mg静注24時間ごと)+MNZ 1g静注12時間ごと
  • CFPM 2g 12時間ごと+MNZ 1g静注12時間ごと
  • Eravacycline 1mg/kg60分以上かけて静注12時間ごと
重症
  • MNZ 1g静注12時間ごと+(CPFX 400mg静注8時間ごとまたはLVFX 750mg静注24時間ごと)
  • CAZ/Avibactam 2.5g 2時間以上かけて静注,その後8時間ごとにMNZ 500mg1時間かけて静注との組み合わせを繰り返す.CrCl30~50mL/分では効果が低下するというエビデンスがある(Clin Infect Dis 62: 1380, 2016).
  • ABPC 2g静注6時間ごと+MNZ 1000mg静注12時間ごと+アミノグリコシド(GMまたはTOB).アミノグリコシドの毒性のため,この処方はほとんど用いられなくなっている.
  • AZT 1g静注8時間ごと,または2g静注6時間ごと+MNZ 1g静注24時間ごと
  • Eravacycline 1mg/kg60分以上かけて静注12時間ごと・4~14日.第III相ランダム化比較試験で,ErtapenemまたはMEPMに対する非劣性が示された(Clin Infect Dis 69: 921, 2019
治療期間:第一選択参照.

コメント

消化管常在菌叢による腹膜炎に対する経験的治療の一般原則
  • 好気性グラム陰性桿菌および嫌気性グラム陰性桿菌の両方に対する活性が予想できる薬剤を含む処方を選択する.
  • 好気性グラム陰性桿菌のみに活性がある薬剤
  • アミノグリコシド系
  • 第2,3,4世代セファロスポリン系注射剤およびAZT
  • 抗緑膿菌作用をもつペニシリン系:たとえば,PIPC(TAZなし)(使用できるのはまれ,入手しにくい)
  • CPFXおよびLVFX
  • 嫌気性グラム陰性桿菌および一部の嫌気性グラム陽性桿菌にのみに活性がある薬剤
  • MNZ:下記コメント参照
  • CTLZ/TAZおよびCAZ/Avibactamは,ある程度の活性はあるが,嫌気性菌に対する活性は不十分なため,MNZと併用すること.
  • 嫌気性菌に対する活性が期待できないため現在では推奨されない薬剤:
  • 好気性グラム陰性桿菌と嫌気性グラム陰性桿菌の両方に活性のある薬剤
  • PIPC/TAZ.ランダム化比較試験では,PIPC/TAZはMEPMにくらべ,CTRX耐性E. coliまたはK. pneumononiae 感染患者に対する効果が劣っていた(JAMA 320: 979, 2018).
  • カルバペネム系:MEMP,IPM/CS,DRPM
  • MFLX:重症例での経験が乏しい.軽症腹膜炎に対してなら使用できるだろう.
不明な点,疑問のある点:
  • MRSAに対する経験的治療は必要か?腹膜炎に対する必要性は不明である.
  • Enterococcus属に対する経験的治療は必要か?通常は必要ない.心臓弁膜症のため心内膜炎のリスクが高い患者は例外の可能性がある.
  • Candida属に対する経験的治療を行うのはどのような場合か?
  • 経験的(先制的)治療は不要であり,内臓穿孔(たとえば,虫垂や憩室の穿孔)に対する手術後に混合培養の一部としてCandida属がみられた場合も必要ない.
  • プロスペクティブなランダム化プラセボ対照試験では,腹腔内感染症で手術を受けた高リスク患者において,侵襲性カンジダ症予防のために先制的なエキノキャンディン治療を行う有用性は見いだされなかった(Clin Infect Dis 61: 1671, 2015).
  • 以下のような場合はCandida属に対する治療を行う:
  • 腹腔または血液からCandida属が純粋培養された場合
  • 急性の壊死性膵炎がある場合
  • 抗菌薬治療に反応がなく培養結果が判明していない患者で,血清β-D-グルカンなどの真菌バイオマーカーが陽性の場合
MNZの投与法:
  • MNZは多様な用法用量で用いられており,プロスペクティブな比較試験は行われていない.
  • MNZ 1日1回が,以下のような理由から注目されている:
  • 血清半減期が長い:6~10時間
  • 血漿タンパク結合率が低い(<1~20%)
  • 濃度依存性の殺菌作用と長期のPAE(postantibiotic effect)
  • 水酸化代謝物が抗菌活性をもつ
  • ヒトボランティアを対象としたPK/PD研究では,500mg静注8時間ごとと1500mg静注1日1回で,抗菌薬標的濃度に関するAUCは同等だった(Antimicrob Agents Chemother 48: 4597, 2004).
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2021/04/22