日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

妊婦における抗レトロウイルス治療(ART)  (2024/03/05 更新)


治療目標,リスク因子

  • 女性に対して最適な治療を行い,ウイルス量を<50コピー/mLに低下させること.
  • 薬物毒性なしに乳児への感染を予防すること.
  • 母子感染(MTCT)をなくすことは達成可能な目標である.
  • 母子感染(MTCT)のリスク因子
  • 母親のCD4数(CD4<400なら,感染リスクは3倍に上昇).
  • 分娩方法(自然 vs 帝王切開)
  • 妊婦に対するARTの一般原則
  • 母子感染予防は,母親に対する産科的ケアとHIVに対する内科的ケアに統合されるべきである.母親は情報開示され,治療決定過程に参加するべきである.
  • HIVウイルス量あるいはCD4数にかかわらず,妊婦のARTはできるだけ早く開始しなければならない.
  • DHHSによる好ましい処方は,有効性,忍容性,妊婦での薬物動態,母親および胎児に対する毒性リスクに基づくものである.
  • 3剤併用ARTによるウイルス量の最大限の抑制が.すべての妊婦に推奨される.ART開始前,あるいは治療中でもウイルス量が検出可能レベルであれば,耐性検査が推奨される.
  • 母体内でART曝露を受けた乳児の長期の安全性は,完全には明らかになっていない.ミトコンドリア毒性,心筋機能に関しては相反するジドブジンのデータが存在するが,一般的には安全と考えられる(J Am Coll Cardio 57: 76, 2011).
  • ボツワナでの臨床試験の予備的なデータによれば,妊娠時にドルテグラビルを服用した女性では神経管欠損の発症率が上昇した.しかし,それに続く研究では,リスクは非常に低く,妊娠後最初の4週に限られると考えられた.十分な葉酸の補充を行った女性での神経管欠損リスクは知られていない.DHHSは,現在ドルテグラビルを,他の有用性があるため,好ましい処方のリストに挙げている.
  • プロテアーゼ阻害薬(PI)の妊娠中の使用が早産率上昇,出生体重低下に関連することを示唆するデータがあるが(AIDS 32: 243, 2018),PIの有用性は明らかであるため,使用を控えるべきではない.すべての薬剤で妊婦に対する至適投与量が明らかにされているわけではない.
  • 妊娠第3期ではPI濃度が低下する(ロピナビル/リトナビル,アタザナビル).リトナビルを併用しないPIおよびドルテグラビル+リトナビル,ロピナビル/リトナビルの1日1回処方は避ける.一部の患者では多剤耐性があるため,十分な濃度を維持できるようにする.
  • 現在HIV治療を受けていない妊婦の初期評価
  • 妊娠していない患者と同様
  • 抗レトロウイルス治療と連動して耐性監査を行う
  • CD4数>300の場合のCD4検査は,妊娠していない患者と同様
  • ウイルス量測定はより頻繁に行わなければならない.治療開始または処方変更後2~4週後に検査し,その後は少なくとも3~4ヵ月ごとに行う.ウイルス量は妊娠36週あるいは予定分娩の約4週前までに行わなければならない.

処方の検討

基礎治療薬として望ましいNRTI
テノホビルジソプロキシルラミブジンまたはエムトリシタビンテノホビルアラフェナミドラミブジンまたはエムトリシタビンまたはアバカビル*+ラミブジン
望ましい第3薬
ダルナビル/リトナビル**,またはドルテグラビル***(急性HIV症状か妊娠後期であれば望ましい薬剤)
その他のNRTI薬
ジドブジンラミブジン
その他の第3薬
アタザナビル/リトナビルまたはラルテグラビルまたはビクテグラビル,エファビレンツまたはリルピビリン

*:アバカビルは,検査でHLA-B*5701陰性だった女性にのみ使用すること.

**:以前に曝露前予防でCarbotegravirを使用した患者ではダルナビルが望ましい

***:葉酸補充がルーチンに行われていないボツワナでの観察研究の報告では,ドルテグラビルを妊娠初期に服用した場合に神経管欠損がわずかに増加した.Tsepamo研究の最新のデータでは,神経管欠損の発症率はドルテグラビルで0.3%,他の薬剤で0.1%だった(N Engl J Med 381: 827, 2019).すべての妊婦および妊娠を望む女性は,神経管欠損リスクを減少させるために葉酸を服用したほうがよいが,これがドルテグラビルに伴うリスクを低減するかは不明である.この情報について知らせて相談するべきである.DHHSカウンセリングガイドライン参照.

テノホビルアラフェナミドやビクタルビを妊婦に推奨するにはデータが不十分である.


  • ARTはすべての妊婦に推奨される:治療は可能な限り妊娠の早い段階から開始する.
  • コホート研究では3剤併用ARTを用いた場合の母子感染率は0.7~2.0%.
  • 耐性,副作用プロファイル,利便性,アドヒアランスの可能性,薬物相互作用,母胎に対する毒性,催奇形性に基づいて,個々の患者に適した処方を選択する.
  • 妊婦がARV処方を受け,不耐でなく,ウイルス複製が抑制されている場合には,その処方を継続する.
  • すでにドルテグラビル投与を受けていて妊娠第1期であれば,神経管欠損リスク(上記参照)について専門家のカウンセリングを受けること.ただし出産前の治療を求める前にリスクの期間(window of risk)は既に過ぎてしまっている妊婦が多い.
  • アタザナビル/コビシスタット,ダルナビル/コビシスタット,またはエルビテグラビル/コビシスタットを含む処方で治療中なら,妊娠後期では薬剤曝露低下および治療失敗のリスクがあるため,処方の変更を考慮する.
  • 現在の処方で完全には抑制されていない場合は,処方されている薬剤以外で活性のあるものを少なくとも2剤確保するために耐性検査を行うこと.
  • ジドブジン+ラミブジンは,経験的に用いられることの多いヌクレオシドであるが,第二選択と考えられる.ジドブジンは1日2回の服用が必要である.StavudineとDidanosineの使用は避ける:StavudineとDidanosineの合剤は禁忌.
  • 妊娠したサルにおいて,テノホビルは成長不良と骨格異常に関連していたが,現在までのところヒトでのエビデンスはない.テノホビルジソプロキシル+エムトリシタビンは,B型肝炎を合併した患者で好ましいART処方に含まれる.
  • WHOはNRTI2剤(ジドブジン+ラミブジン)を基本としてNNRTI1剤(ネビラピンまたはエファビレンツ)の併用を推奨している.
  • 添付文書では,妊娠第1期にはエファビレンツを避けることが依然として推奨されているが,ヒトでのデータでは安全と考えられ,現在専門家のあいだでも禁忌とは考えられていない:AIDS 28: S123, 2014

特殊な状況

  • 併用ARTを受け,持続的にウイルスが抑制されてHIV RNAが<1000コピー/mLである女性で,妊娠後期または出産が近い場合:出産中も経口ARTを続ける.計画的帝王切開の場合でも,破水が起こり手術を行う前までは治療を続けうる.静注ジドブジンは不要.
  • 出産前に併用ARTを受けているがウイルス量の抑制が十分でない女性で,出産が近い場合:HIV RNA>1000コピー/mLなら,妊娠38週での計画的帝王切開が推奨される.経口ARTに加え静注ジドブジンを投与する.新生児に対する追加的な抗レトロウイルス予防を考慮する-下記参照
  • 妊娠中に併用ARTを受けないまま出産に至った場合:未治療かつ迅速HIV検査陽性で出産に至ったすべてのHIV感染女性に対し,ただちに静注ジドブジンを開始する.新生児に対する追加的な抗レトロウイルス予防を行う.
  • HIV感染状況が不明な女性の出産:すべての産科施設で24時間以内に迅速HIV検査結果が得られなければならない.全例でただちに抗原抗体検査を行う.結果の判明が遅れる場合は迅速HIV検査を行う.結果が陽性なら,乳児に対する抗ウイルス予防を開始し,HIV-1/HIV-2抗体の鑑別検査を依頼する.最近の感染や急性HIVが疑われる場合は核酸増幅検査(NAAT)を依頼する.

新生児/分娩後のART

  • 乳児には全例で出生後予防を行う.ARV処方の選択は,現在では母親と乳児のリスク因子に基づく.
  • 予防的ARV処方はできる限り早く開始する-出産後6~12時間以内が望ましい.
  • 低リスクの乳児(妊娠中に一貫してウイルス量が抑制され,少なくとも10週抗レトロウイルス治療を受け,HIV VL<50copies/mLでmアドヒアランスに問題のない母親からの乳児)に対しては,ジドブジン2週処方を行ってもよい.
  • 母親が,上記基準すべてを満たすわけではないが,出産児のウイルス量<50copies/mLの場合は,4~6週処方を受けなければならない(在胎期間に基づく用量については表8F参照)
  • HIV感染リスクが高い乳児では,多剤併用予防的ARV処方を行う.これは現在先制的抗レトロウイルス治療と呼ばれている.以下の場合が対象となる
  • 分娩前および分娩中にARV薬投与を受けなかった,または
  • 分娩中のみARV薬投与を受けた,または
  • 分娩前にARV薬投与を受けたが,分娩が近くなっても<50コピー/mLまでのウイルス抑制が達成されなかった,または
  • 妊娠中に,初期または急性HIV感染があった,または
  • 授乳中に,初期または急性HIV感染があった
  • HIV感染状況が不明の女性から生まれ,予備的な検査が陽性だった乳児には,多剤併用予防的ARVまたはリスク評価に基づいて先制的ARVを開始する.母親がHIV陰性と判明したらARVを中止してよい.
  • HIV感染の乳児(NAT陽性)にはARVを開始しなければならない.
  • 親の病歴に基づいて重複感染の検査を検討すること:梅毒,C型肝炎など.一部の専門医はHIV感染の親から生まれたすべての乳児で,尿あるいは唾液PCRによるCMV検査を行うことがある
  • 周産期のHIV曝露に対するARVに関する疑問があれば,National Perinatal HIV Hotline(1-888-118-448-8765)に相談する.
  • 多剤併用の先制的ARV処方
  • ジドブジン,ラミブジン,ネビラピン1日1回による治療を6週,または
  • ジドブジン,ラミブジン,ラルテグラビルを6週
  • ラルテグラビル(1回約1.5mg/kg;体重別用量を参照)は,IMPAACTP1110では安全であり,満期産児で十分な濃度に達していた.ラルテグラビル用量は,1週(1回約3mg/kg;体重別用量を参照)および4週(1回約6mg/kg;体重別用量を参照)で増量する必要がある.推計在胎37週以前または<2kgの新生児に対する用量の情報はない.
  • ART耐性の女性から生まれた乳児に対する予防は個々で異なる.専門家のコンサルテーションが推奨される(National (US) Perinatal Hotline 1-888-448-8765).
  • 抗レトロウイルス予防中の乳児において,HIV RNAやDNAのPCRによりHIV感染が明らかとなった場合は,ただちに予防を中止し,併用ARTによる治療を開始する.
乳児への授乳
  • 最近のデータでは,持続的ウイルス抑制を達成・維持している女性は,授乳を考慮してもよい.
  • 妊娠中および出産後にARTによりウイルス抑制が達成され維持されている場合には,授乳による感染リスクは1%以下になるがゼロではない.
  • 授乳中の母親および乳児に対する適切なモニターに関する追加情報については,HHS周産期ガイドラインを参照.

分娩時の治療

  • HIV状態の不明な妊婦あるいは妊娠第3期で再検査を受けずリスクが高い場合には,HIVに関する簡易的な抗原抗体検査を受けなければならない.
  • ART治療中でHIV RNA<50コピー/mLかつアドヒアランスが良好な女性には,ジドブジン静注の必要はない.
  • RNA≧1000コピーの妊娠中患者では出産時に全例ジドブジン静注を行うべきであり,RNA>50だが<1000コピーと考えられる場合にも考慮する.
  • 未治療あるいはジドブジン単剤治療を受けた妊婦では,出産開始前の待期的帝王切開は母子感染を50%減少させる(N Engl J Med 340: 977, 1999).しかし,最近のコホート研究では,3剤治療でHIV RNAを抑制した場合には帝王切開の明らかな追加的利益は認められなかった(AIDS 22: 973, 2008).
  • 検討事項
  • 当事者の女性と話し合い,その女性自身も治療決定に参加すべきである.
  • ARTを行っても出産時の母親のウイルス量>1000コピー/mLの場合は,待期的帝王切開(38週以前)を検討する.>50コピー/mLだが<1000コピー/mLなら有益である可能性がある.
  • 出産時のウイルス量が不明:母親が3剤より少ない治療を受けていた場合や妊娠後期に発症した場合,産科的適応または母親本人の希望に従う.
  • 医療資源の乏しい状況では,待期的帝王切開は費用対効果が良くない.
  • 帝王切開では,B群Streptococcus予防が推奨される.
  • はっきりとした産科的適応がある場合以外は,人工破水(AROM),胎児頭皮電極,人工出産(鉗子,吸引娩出器),会陰切開は避ける.

ニューモシスチス肺炎
(PCPまたはPJP)予防

  • STが使用されることがあるが,妊娠後期ではビリルビン上昇と関連する可能性がある.核黄疸のリスクは不明だが非常に小さい.医療資源の乏しい状況では,CD4<200の母親に対するST治療は母親および乳児の死亡率を低下させた.妊娠第1期での曝露は出生異常率のわずかな上昇と関係する可能性がある.
  • ジアフェニルスルホン:経験は乏しいが,副作用は知られていない.
  • ペンタミジン噴霧剤†:進行した状態には効果が乏しいが,全身への吸収はわずか.妊娠による換気効果の変化が分布に与える影響は不明.妊娠第1期で使用可能.

(†:日本にない剤形)

ライフサイエンス出版株式会社 © 2011-2024 Life Science Publishing↑ page top
2024/03/04