日本語版サンフォード感染症治療ガイド-アップデート版

曝露前予防(PrEP)  (2024/11/12 更新)
ARTによる予防でHIV感染リスクが抑制される


予防としての治療

  • 抗レトロウイルス治療(ART)はHIV感染予防に有効である(TasP[Treatment as Prevention]とよばれる).
  • アフリカにおけるHIV陽性/陰性の異性愛者カップルを対象とした比較試験では,陽性者が早期ART群(CD4>350/μL)と遅延ART群(CD4<250/μL)にランダム化され,パートナー間の伝播率が比較された.遅延ART群(n=882)では27件の伝播が発生したのに対し,早期ART群(n=880)では1件のみであり,早期ARTによって伝播が96%抑制された.
  • この試験結果は,ART単独によって感染を高率に抑制できるという最初のエビデンスである(N Engl J Med 365: 493, 2011).
  • パートナー研究:男性同性愛者(MSM)および異性愛者のカップルで>77,000回コンドームなしの性行為を行った集団では,HIV RNAが抑制された血清陽性のパートナーから血清陰性のパートナーへHIVが感染した例はなかった(JAMA 316: 171, 2016Lancet 393: 2428, 2019
  • 以上を総合し,これらのデータから「U=U:検出不能 = 感染不能」という公的な標語が作られた.

予防的抗ART

  • 予防的曝露前予防(PrEP)は,男性同性愛者(MSM)のようなHIV感染リスクが高い人に対する予防手段として有効である.
  • PrEPは,世界規模での総合的なHIV予防計画の中心要素と考えられており,特にMSM間での感染予防に用いられる.米国での最新の情報では,MSMの推定HIV生涯罹患リスクは6人に1人であり,黒人MSMにおけるリスクは2人に1人である.2023年PrEPガイドラインを参照.
  • 同性愛男性(MSM)に対する曝露前予防
  • ツルバダ(エムトリシタビン+テノホビルジソプロキシル)1錠経口1日1回投与,または
  • デシコビ(エムトリシタビン+テノホビルアラフェナミド)1錠経口1日1回
  • ツルバダ(エムトリシタビン+テノホビル)1日1回投与によりHIV感染発生率が44%減少したとの臨床試験がある(N Engl J Med 363: 2587, 2010).しかし,血漿中薬剤濃度が検出可能だった患者では>90%が予防された.ツルバダは,米国では2020年に特許が切れたため,より安価となった(カナダとヨーロッパでもすでにジェネリックが販売されている).
  • デシコビ(エムトリシタビン200mg+テノホビルアラフェナミド25mg)は,HIV-1のPrEPにFDAが承認した第二の薬剤である.体重35kg以上でリスクのある成人・青少年において,性行為によるHIV-1感染リスクを抑制する(ただし,膣性交を受けることからのリスクを除く).
  • 性的曝露がまれである男性では,限定または「on demand」PrEPが選択肢となる(JAMA 329: 63, 2023).どの性的指向でもシスジェンダー男性にはon-demand(2-1-1)経口処方が推奨される(シスジェンダーまたはトランスジェンダーの女性についてのデータは不十分)TDF/FTC 2-1-1投与は,計画された性行動の2~24時間前に2倍用量から開始し,その後は第1回投与の24~48時間後に追加1回の投与を行う.最初に計画された性行動から7日以内にさらなる性行動があった場合には,最後の性行動の2日後まで1日1回投与を続けなければならない.
  • Cabotegravirは経口ツルバダに対する優越性が示されており,有効なPrEP処方として承認されている.(経口リードイン後)1回注射2カ月ごと.HPTN083試験では,1錠1日1回に比べ優れていることが示された(N Engl J Med 385: 595, 2021):HIV感染は計52例発生し,Cabotegravir群13例(発生率0.41/100人年),ツルバダ群39例(発生率1.22/100人年)であった(ハザード比0.34,95%CI 0.18~0.62).
  • PrEP開始直前,およびその後は少なくとも3カ月に1回,HIV-1のスクリーニングを受ける必要がある.推奨用量は,食事に関係なく1錠経口1日1回.デシコビの安全性がツルバダを上回るというエビデンスはほとんどない.ツルバダに関連する腎および骨毒性のほとんどは,効果増強薬であるリトナビル,コビシスタットなどとの併用時に生じる(J Virus Erad 4: 72, 2018).

ART使用と感染リスク

  • ARTとHIV-1感染リスクの相関関係
  • 次表は全般的な伝播率と,ARTあり/なしでの伝播率をCD4数で層別化して示した.

HIV-1感染パートナーがARTを受けない場合
  • HIV-1感染パートナーがARTを受けなかった期間の経過観察
CD4数(cells/μL)*
HIV-1感染(人)
経過観察期間(人年)
HIV-1伝播率(/100人年)(95%CI)
全般
102
4558
2.24(1.84~2.72)
<200
8
91
8.79(4.40~17.58)
200~349
41
1467
2.79(2.06~3.80)
350~499
24
1408
1.7(1.14~2.54)
≧500
29
1592
1.82(1.27~2.62)

*ART開始前の経過観察では最低値のCD4数,ART開始後の経過観察ではART開始時のCD4数


HIV-1感染パートナーがARTを受けた場合
  • HIV-1感染パートナーがARTを開始した後の経過観察
CD4数(cells/μL)*
HIV-1感染(人)
経過観察期間(人年)
HIV-1伝播率(/100人年)(95%CI)
全般
1
273
0.37(0.09~2.04)
<200
0
132
0.00(0.00~2.80)
200~349
1
90
1.11(0.27~6.19)
350~499
0
30
0.00(0.00~12.30)
≧500
0
21
0.00(0.00~17.57)

*ART開始前の経過観察では最低値のCD4数,ART開始後の経過観察ではART開始時のCD4数


罹患率比(incidence rate ratio)
  • 以上のデータに基づくと,HIV-1感染の罹患率比(incidence rate ratio:IRR)(非補正値および補正値)は以下のようになる.
CD4数(cells/μL)
非補正IRR
(95%CI,p値)**
補正IRR
(95%CI,p値)**
全般
0.17(0.00~0.94,p=0.04)
0.08(0.00~0.57,p=0.004)
<200
0.00(0.00~0.40,p=0.002)
0.00(0.00~0.38,p=0.001)
200~349
0.40(0.01~2.34,p=0.58)
0.65(0.02~4.00,p=1.0)***
350~499
0.00(0.00~8.16,p=1.0)
0.00(0.00~15.3,p=1.0)***
≧500
0.00(0.00~10.29,p=1.0)
0.00(0.00~15.0,p=1.0)***

**すべての解析は患者登録からの時間,および(全般的解析については)CD4数(≧200/μL vs <200/μL)で補正されている.

***CD4数200/μL以上の層を結合して補正したIRRは0.55(95%信頼区間0.01~3.24;p=0.9)であった.


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2024/11/11